【安全保障】軍事的対立でなく、平和的な国際貢献を前提とする|梶原やすひろ公式ウェブサイト

かじわら康弘の考え

【安全保障】軍事的対立でなく、平和的な国際貢献を前提とする

■させない

 安倍総理は2つの大きな罪を犯しました。一つは立憲主義を否定したこと、もう一つは国民を蔑ろにして安全保障政策の大転換を行ったことです。戦後70年という節目の年、安全保障を考えるチャンスであったにも拘らず、誤魔化しの議論に終始しました。
安倍総理はまず憲法96条の改正を試み、上手くいかないと集団的自衛権行使を認める憲法解釈の変更を閣議だけで行いました。そして、大半の憲法学者が違憲とする中で、国民を惑わす中国脅威論や米艦船で避難する日本人母子さえ助けられないなど非現実的な事例を挙げ、国民の理解や反対を封殺するように強行採決を断行しました。

 

■米国とともに戦争ができる国

 安保法制は米国との軍事的な同盟関係を強固にして、一緒に他国と戦争することを可能にした法案です。日本の防衛というより、米軍にとことん協力するから守って欲しいというものです。たしかに核の傘という抑止力は否定できないし、世界の警察という役割を日本も果たすべきだと言う議論もあります。しかし、日米安全保障条約は現存しています。また、中東などの紛争は超大国の利権争奪の結果だと言えます。米国の国力が弱まったために日本の軍事力を必要としているのであって、安保法制によって米国からの軍事的協力の要請を断ることができなくなったと言えます。自衛隊が米軍とともに世界に展開することになるでしょう。

 

■急拡大する防衛予算、米軍事産業に貢献

 平成28年度予算には過去最大の5兆541億円が防衛費として計上されています。安保法制は当然、防衛費の拡大につながります。とりわけ米国からの防衛装備品調達(有償軍事援助)は民主党政権下では500億円であったものが、オスプレイやステルス戦
闘機など4858億円にも膨れ上がりました。

 

■日本が本来行うべき国際貢献策

 日本が西側の陣営で米国と同じ価値観を共有し、世界平和に貢献することに異論はありません。米国が世界秩序の維持に貢献した側面とその一方で戦争やそれに伴う破壊と貧困を招いたのも事実です。しかし、日本は戦後一貫して貧困対策や戦乱からの復興に貢献し、諸外国から評価され、信頼を得てきました。
米国から軍事的協力要請があったとしても米国と同じくハードパワーを発揮するのではなく、米国の側にあってソフトパワーで民生の復興に貢献すると主張すべきではなかったのでしょうか。それは米国にはできないことであって、米国にとっても大きな力となったのではないか。決して消極的な貢献とは言えないと私は考えます。

 

■自衛のための備えは万全を期す

 自民党内や世論の中にも偏狭な国家主義が広がりつつあると危惧しています。安倍総理がやろうとしているのは、対立を前提に仮想敵国に勝る軍事力を備えることであり、軍事産業は活況を呈し、抑止力だと言いつつ軍拡が進み、いずれ衝突や破壊を招くのではないでしょうか。そうした過ちを二度と繰り返してかなりません。
もちろん、日本やその周辺で有事となれば、個別的自衛権をもって日本自身が身を守ることは当然のことです。日米安全保障条約のもとで自衛の手を緩めると言っているわけではありません。民主党は万全を期すために領域警備法を起草し、国会に提出しました。
経済が一体化する国際情勢の下で国家間の全面戦争は現実的なものでしょうか。脅威はISやテロ組織です。これらを抑えるのは強大な軍事力よりもむしろ貧困の撲滅や民生の安定によってその温床をなくすことです。
日本は唯一の被爆国であり、過去の戦争の強い反省に立ち、平和憲法を掲げ続けるべきだと考えます。対立ではなくて、対話と協調が世界の平和につながると確信するものです。